紹介文 |
福島県の復興も確実に進んでいます。地元のテレビ番組では連日放映されています。しかし、未曾有の原発事故、、、、傷跡は自然だけでなく、人の心にまだまだ残っています。これからまだまだ乗り越えなくてはならないことがたくさんあります。福島の未来が、この日本の進む方向性を決めるかもしれません。健康、エネルギー問題、少子高齢化問題、等、、、。どんなことがあっても、「夢」と「希望」は持ち続けたいものです。皆様には、他県の遠い話とせずに、身近な問題として考えていただければ幸いと思います。美しい福島、「うつくしまふくしま」は永遠です。
絵手紙はまだまだ初心者です。元々はパソコンの水彩画ソフトを使ったり,子供たちに教えたりしながら、絵を描くことの楽しさを味わってきました。昨年より地域の公民館での「絵手紙サークル」に入り,先輩方からたくさんのことを学んでいます。このサイトでの刺激を大切にして向上心と根気強さもって精進していきたいものです。よろしくお願いいたします。
※絵手紙サークル 「絵くぼ」 代表 いわき市小名浜公民館 第1,3,5金曜日 9時半〜11時半
ayayan.apple@gmail.com
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https://youtu.be/05wvSPFDw3M?si=EsbRkC_P7BHaTYxI
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付録 能登ボランティア紀行
能登半島地震から約5ヶ月。かねてより申し込みをしていた連泊可能なボランティア活動にようやく参加することができた。人生2回目のボランティア活動。1回目は、13年前の震災時に津波被害に遭った豊間地区。海砂撤去作業だった。今回は,能登半島地震の被災地の七尾市。ネットで事前登録をし、傷害保険,高速無料申請を済ませ、登山家の野口健さんが岡山県の総社市と連携して設営したテント村に入り、1週間ほど滞在した。(車で往復1200km、高速は無料の措置)野球場外野の芝生には100張りのテント。現地の方々は、私のようなボランティア初心者にも地元情報や炊き出しについて親切に教えてくれた。その中には自らの家が全壊した方々もいた。胸がしめつけられた。朝9時からの本部でのオリエンテーションで仕事を請け負い,1班10人にリーダー1名,保健係1名を決め,ハンマー,工具,バケツ等のニーズに合った道具をみんなで選別,軽トラック2台と2トン車1台で依頼主宅へ向かった。主な仕事は,被災されたお宅の瓦やブロックの片付け、仮置き場への運搬、集まった災害ゴミの分別作業だった。家が傾き,瓦が散乱する現場。すさまじい地震の爪痕に驚き、絶句した。壊れた屋根やブロック塀,散乱した外壁等で、土嚢袋はすぐに満杯になっていた。5月とはいえ、炎天下の中での作業は決して容易なことではなかった。常時活躍したのは無線型の最新スマホ。疑問点はリアルタイムで本部と交信し、解決できた。そんな中、作業後に縁側で「ありがとう」と微笑むおばあちゃんの顔がなによりの励みだった。正直,体力的,心理的に過酷な1週間だった。が、炊き出しの大盛りの美味しいご飯と味噌汁、仲間との団結意識でなんとか乗り越えることができた。全国から車や電車、飛行機でボランティア活動に参加された方々もいた。普段は電車の運転士をしており、「ボランティア休暇」をとってかけつけてきた青年もいた。今後、国の復興予算がつき、公費解体等の本格的な支援が進むことを願いつつ、最後は「マンパワー」の結集が何よりも鍵になるのではないかと感じた。そして,今,日本中のどこが災害に遭ってもおかしくない状況だということを強く認識し、日頃の情報共有と町内の「つながり」の大切さを肝に命じて考えさせられた。貴重な体験は,人生に中の大きな収穫になった。能登の復興がさらに加速することを祈るばかりだ。
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